2009年9月17日木曜日

ミヒャエル・ハイドン《レクイエム》

《天地創造》で有名なハイドンには弟がいました。ミヒャエル・ハイドンMichael Haydn(1737-1806)です。ミヒャエルも兄と同じく早くから音楽の才能を発揮し、ヴィーンのコンヴィクト(今のウィーン少年合唱団)で学び、作曲家になり、ザルツブルクではモーツァルトの先輩として活動しました。
1771年、ザルツブルクの領主大司教であるシュラッテンバッハが亡くなり、その葬儀のために《レクイエム》(大司教シギスムンドの葬送ミサ曲Missa pro defuncto Archiepiscope Sigismundo)を書きました。

この作品は、モーツァルトの《レクイエム》(ニ短調、K.626)の原型の一つとも考えられています。入祭唱(Requiem aeternam)や奉納唱(Domine Jesu Christe)を聴くと、そのことが実感できるかと思います。またモーツァルトは《フリーメーソンのための葬送音楽》(k.477)では、この作品を直接引用しています。しかし、ミヒャエルの《レクイエム》は、モーツァルトとのつながりにおいてのみ価値があるというわけではありません。それも聴いてみればすぐに分かるはずです。

私は学生時代、今のオーストリアのミサ曲やレクイエムを研究していたので、この作品もさんざん聴きました。最初のLPは高校生の時、ヒグライナー指揮のモーツァルテウム管の演奏を秋葉原の石丸電気本店で買いました。大学生の時にはリリング指揮のCDを聴きこみました。それらも決して悪くはなかったのですが、ここで紹介する演奏は、私にとって心に染み入るような感動をもたらしました。冒頭の前奏からしっとりとした情感に満ちています。モーツァルトやハイドン兄が好きな方には特にお勧めです。

下記CDの視聴はこちら

Robert King指揮、The King's Consort他  英hyperion CDA67510(2CDs)

2 件のコメント:

torajiro さんのコメント...

☆☆☆データベースのクラッシュで消えたコメントです☆☆☆

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菅野茂
9月 16th, 2009 at 19:08 · Reply

さすがここまでは手が回らない。まず僕が必要なのは音よりも楽譜ですね。楽譜があれば音はわかるので特に要らないです。これから勉強するための課題かも知れませんね。
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torajiro
9月 16th, 2009 at 19:23 · Reply

楽譜は下記からダウンロードできます。
http://www.cpdl.org/wiki/index.php/Requiem_Solemne_%28Johann_Michael_Haydn%29
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菅野茂
9月 19th, 2009 at 04:24 · Reply

ありがとう。でもそこまでは余裕ありません。その気になれば音楽図書館から両方借りられますし、買うこともできますが(CDしかり)、まず今日の課題はシェーンベルクの「ヤコブの梯子」、昨日は課題はベルリーニの「ノルマ」全曲。多分M・ハイドンは音楽史的には重要ではないでしょう。ということはレパートリーのみ重要ということで後回しかな?扱っている音楽は宗教音楽だけじゃないのですね。さて日曜日のオルガンの仕込みもしなければなりません。今スモルカの詩篇をまだ聴いている最中でオルガンに入れませんね。聴けば譜面がなくともどうなっているか頭に浮かぶのです。だからミヒャエル・ハイドンどころではないですね。こちらが作曲家である以上どんどん新しい情報を叩き込みむさぼらないとやってはいけません。多分、今日もシェーンベルクは後回し。明日は明日で朝10時からここの地区の合唱指揮者の会合がありますが、これには宗教音楽は入ってなくて一般の合唱曲のみです。でもやはり行かないとね。今スモルカが終わりました。この程度だったら自分でも楽に譜面書けそうですね。問題は知名度です。これからブルックナーのホ短調ミサです。実はこっちの方が遥かに好きなのです。もちろん長年にわかる交響曲の研究の成果殻来ます。
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torajiro
9月 19th, 2009 at 12:21 · Reply

ミヒャエル・ハイドンは、音楽史上重要でないというより
今の私たちの音楽レパートリーとしての価値が低いといった方がいいでしょう。

少なくとも彼が亡くなってすぐの時代では
E.T.A.ホフマンは高く評価していました。
といっても、宗教音楽の世界での話ですが。

さて、ブルックナーの《ミサ曲第2番ホ短調》は、
私は高校生の時にボーカルスコアを買って譜読みをしていました。
(といっても演奏したことがない!)
この曲は、彼がヴァーグナー流になってから後の作品ですが
古い教会音楽の復興運動(セシリア運動)を踏まえて
ルネサンスの対位法の技法を織り交ぜながら作曲したものです。
同時にバロックの音楽修辞法のフィグーラも使われています。
(クレドの「昇るascendit」の上行音型〈anabasis〉など)
19世紀の教会音楽を論じる上で
欠かせない作品だと思います。
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菅野茂
9月 19th, 2009 at 17:21 · Reply

僕は改変版と原典版の両方のスコアを集めてしまいました。まだ一番が未開拓です。彼のモテットは合唱で歌ったことがありますが、あれをポザウネンコアに編曲してやってみたら凄く受けたので今のところでもいつかやって見たいです。初期の合唱曲はモーツァルトのレクイエムの影響が強いです。
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torajiro
9月 19th, 2009 at 18:12 · Reply

ブルックナーの初期は、
モーツァルトも含めて、ヴィーンの伝統と習慣に従っていますね。

ただ、モーツァルトの場合、レクイエムに関しては
彼本来の様式というよりも、
古い巨匠たちの様式を用いています。
モーツァルト本来の様式は、
《戴冠ミサ曲》k.317や《ミサ曲ハ短調》k.427ではないかと思います。

ヴィーンやザルツブルクの18世紀の教会音楽については
モーツァルトやハイドン以外、ほとんど聴くことができないため
様式研究にも難しさがあります。
楽譜を見るにしても、日本では難しいですね。

モーツァルトの《レクイエム》については
別途、書きますので、また読んでください。

菅野茂 さんのコメント...

最近はサリエリなどの音楽の復活上演が盛んですよ。でもオペラや管弦楽曲が主ですね。しかしWienのホッホブルクあたりではミサなどもやっているんじゃないかと思います。永遠にハイドンの変ロ長調のミサばっかりやっていられないし、楽譜は無数にあるし、サリエリだったらあそこ以外では充分の情報は手に入らないでしょう。徐々に演奏されると思います。